虐待する親について

許すまじ

最近、良く聞きますよね、虐待死で幼児や子供が亡くなる事件など。

私は、そのニュースを見るたびに頭痛がするのです。

とても、虐待死で亡くなった子供の気持ちがわかるのです、何故なら私がそうだったからです。

生い立ち

私は、とある町で生まれました。

生まれた時から、両親は絶えず喧嘩で私は知り合いの家に居たり保育園で預かってもらってたらしいです。

で、物心ついた幼稚園ぐらいの時から、虐待は始まっていました。

まず、機嫌が悪いとかまわず私に蹴りを入れる父親

また、母親からは思いっきり押されてテーブルに私の目が当たると私の額は切れて目が裂けそうになってるのを母親と父親は笑って見ていました。(この傷は今でも残っています)

よく、幼稚園で先生から怒られました、「〇〇くん、走って転ばないようにしないともっと傷が増えるよ?」と。

私は、小さい頃はこんな日々すぐ終わると思っていました。

でも、小学生になるにつれてひどくなります。

まず、家にいれさせてくなった。

学校から帰ると、17時までは外で遊んでこいと母親からの命令で、家には入れさせてもらえなかった。

だから、私は友達の家にずっと居るのですがその友達も不思議そうに思ってたようで、ついにその母親から「〇〇くんの、親はいつも何してるの?」と聞かれたので、私は「母親は、仕事に行ってる」と嘘をついてその友達の家にはもう行くことはありませんでした。

私が小学四年生のとき、母親が喧嘩で機嫌が悪く私の頭を缶スプレーで思いっきり殴りました。

それで頭から血しぶきが出てきて、それはそれは意識が朦朧としていて私は何がなにかわかりませんでした。

最初は、病院に行くのを拒んでいた母親でしたが父親が私が死んでしまうのではないかと心配して病院に行くことになり、母親からは「階段んで転んだって言わないと、生きて帰れると思うな」と言われたので医師に「階段から転びました」と言いました。

すると、医師は「転んだでは済まないよ!気をつけないと!」と怒っていました。

この時から、私はもうこの世には未練なんてないと感じていました。

たまの外食も、母親から「お腹いっぱいと言いなさい、言わないと爪を折るから」と言われたので、私はマクドナルドに行くも「お腹いっぱいだから少しだけでいい」と言ってしまうのです。

もうご飯もろくなものは与えられません、カップラーメンに、缶詰などそれがほとんど毎日だったので学校の給食がとても美味しかったです。

小5で、壮絶ないじめにあって、その時は親からも酷い仕打ちばかり受けていたので、両ハサミで本当に死にたくて苦しくてもがいていた。

それで、あまりにいじめがひどかったので両親に打ち明けたところ父親が激怒して、私の顔面をもろとも殴りました。

その時に、私は顎が骨折してしまい、口が開かない状態になりました。(後遺症は今でも残っています)

その時、父親は虐待が発覚することを恐れてか、私を階段から突き落として他にも怪我をさせたのでした。

それで、病院には行かずに私の顎はとうとうおかしいまま、今の今まで過ごしています。

それから、もう何もかも嫌になったけど、小6の時だけ、唯一のひとときだった。

仲のいい友達ができて、毎日学校に行くのが楽しくて、ゲームなど友達の家でして、その時に食事なども食べさせてもらいました。

本当に人生で一番楽しかったかもしれません。

それから、中学に入り、私は親を殺す気でいました。

やるか、やられるか、そんな家庭でした。

今日はもうこれ以上、書くと私が辛いので、また今度書きたいと思います。

私は思うのです、こんな思いしたことある人いますか?と。

でも、私は信じられなかったのですが、居たのです。

私と全くと言っていいほど、似たような境遇をしていた人が。

フィクションかもしれませんが、でも感じ取れることについてもとても共感できたことが多いので、これは実際に基づいた話なんだろうと思いました。

その本がこちらです。

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"それ"と呼ばれた子
デイブ・ペルザー著 です。

この本は、本当に色々と読んでいるうちに自分の過去を思い出して息苦しくなるが、でも著作者は奇跡の生還で今を無事に生きているのです。

私は、虐待する親は死刑で良いと考えています。

全ての、親は虐待した時点で死刑と言いたいですが、それは過ちで済まされないけど子供の親権は絶対に取るべきだと思うのです。

親は、虐待するような子供を愛することはできません。

子供もまた、虐待された記憶がある限り親をまともに見ることは出来なくなります。

私は、よくこの歳で親のことについて話すと「甘えてんじゃねーよ」とか「自立してないもんな」とか言われたりすることがあります。

言いたいのですが、自立して親に虐待された人生で這い上がることは相当難しいことなのです。

並大抵の努力や、生命力では、この醜い過酷な環境下ではまともには生きていけないです。

まともに育った人には一生理解できないことだと思います。

理解したと言われても、それは無理なことなのです。

なぜなら、虐待されて育った子たちは理解など言わないからです。

仕草や、話す内容でどういう環境で育ってきたかなどわかるようになるのです。

私もそうですが、常に何かに怯えながら生きています。

温かい家庭で育った人は、明日のご飯はどうするべきかや、逃避経路など考えたことはありますでしょうか?

親の顔の表情が変わった途端、小便を漏らしたり、頭が爆発するほど叫んだ経験はありますでしょうか?

そんなことが、ほぼ毎日あったのです。

常人には何を言ってもわからないと思います。

私も、わかってもらおうとは思いません。

なのに、人のプライベートにズカズカ入ってくる失礼な人もいます。

それは、もう本当に何も知らない家庭で育ったんだなぁと思います。

親は子を選べないと同時に、子は親を選べない。

醜いようですが、虐待されている子供は運命を受け入れるしかないのです。

ただし、困難を乗り越えた先には人には見えない素晴らしい光はあります。

それは、当事者にしかわからないことです。

今の時代、児童養護施設など電話できます。

私の時代もありましたが、私は怖くて電話なんてできませんでした。

手が震えて、誰かに電話することすらできなかったのです。

もし、虐待されて困っている子がいるなら迷わず児童養護施設や市役所に電話や相談してください。

多少オーバーな表現を使ってでも、親にされたことは言うべきです。

それが自分を救う方法なのです。

疲れたので、今日はこの辺で終わります。